仙台高等裁判所 昭和40年(ネ)271号 判決 1967年12月21日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人火石三治が被控訴人苅間沢市松に対する強制執行として盛岡地方裁判所二戸支部昭和三七年(ワ)第一〇号不当利得金返還請求事件の執行力ある判決正本に基づき同裁判所に申請した原判決添付目録記載の不動産に対する昭和三八年(ヌ)第一号強制執行手続は許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者者双方の事実上の陳述、法律上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、左記の点を付加するほか原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。
控訴代理人において
一、原判決三枚目表七行目および同裏九行目の昭和一三年とあるを昭和一二年三月一〇日ごろと訂正する。
二、原判決添付目録物件中農地は現在控訴人において耕作を継続しているが、所有権移転についての県知事の許可は受けていないものである。
三、控訴人が被控訴人市松より本件物件の贈与を受けたのは昭和一二年三月一〇日ごろであり、農地の移動につき許可を要することとなつた農地調整法の施行前であるから、右贈与は県知事の許可なくして有効である。
と述べた。
立証(省略)
被控訴代理人において
一、控訴人主張の前示二、の事実を認める。
二、昭和三〇年一二月一〇日被控訴人市松の親類縁者が集合して話合つた当時、被控訴人市松は字下平所在の畑二反歩を孫徳雄に贈与し他の財産は控訴人に贈与することの話合いはされたが、その他の不動産については何ら話合いはなされなかつたのである。また右贈与は控訴人が弟徳次郎とともに被控訴人市松の面倒をみることを条件としたものであつたが、控訴人らはこの条件に反し生活費や小遣銭を与えなかつたから贈与契約は無効に帰したものである。
三、かりに前示贈与があつたとしても農地法所定の許可がなかつたのであるから控訴人は所有権を取得していない。
と述べた。
立証(省略)
理由
一、被控訴人火石三治が被控訴人苅間沢市松を債務者として控訴人主張の債務名義に基づき本件不動産に対し控訴人主張のような強制執行手続をなしたこと、本件不動産登記の現在の所有名義人は被控訴人苅間沢市松であつて、控訴人名義になつていないことは当事者間に争がない。
二、まず本件不動産の所有権の帰属について判断するに、成立に争のない甲第一号証、第四ないし第六号証と原審証人小笠原道夫、当審証人、桜沢兼蔵、原審および当審証人苅間沢徳次郎、大畑治一、横葉惣一郎(当審は第一、二回)の各証言、原審および当審における控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人市松は昭和一二年三月ごろ自己の財産を控訴人はじめ、訴外苅間沢徳次郎、亡苅間徳四郎らの子に分与することとし、二男徳次郎には共有山林の持分と畑二反歩、三男徳四郎には所有山林の毛上を贈与し、控訴人にはその余の財産全部を贈与することとし、これが所有権移転登記手続は隠居による相続によることとしたうえ、自らは九戸村伊保内の開拓地に入植したこと、控訴人は右約旨に基づき本件不動産の引渡を受け、苅間沢家の主宰者として以来今日まで本件不動産を自己の所有物として利用収益を継続し、かつこれに対する公租公課も自ら負担していたことが認められる。しかし成立に争のない甲第四、五号証によると被控訴人市松はその后隠居しなかつたので相続は開始しなかつたことが認められるのであるから、控訴人は相続によつては被控訴人市松の所有財産を取得しなかつたが贈与による引渡を受けたことは前示認定のとおりであるから、控訴人が右贈与により本件不動産の所有権を取得したものであるというべきである(右贈与当時は農地調整法、自作農創設特別措置法や農地法の施行前であつたから所有権移転については同法所定の県知事の許可を要しない)。
当審における被控訴人苅間沢市松、原審および当審における被控訴人火石三治各本人尋問の結果中右認定にそわない部分は措信し難く、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。
三、被控訴人らは、かりに控訴人が被控訴人市松より本件不動産の贈与を受けて所有権を取得したとしても、その旨の登記が欠缺しているから右所有権取得をもつて第三者である被控訴人火石に対抗することはできないと主張するので、次にこの点につき検討する。
民法第一七七条にいう「第三者」とは登記欠缺を主張するについて正当な利益を有する者に限定されることは異論のないところであつて、不動産に差押をなした債権者がここにいう第三者に包含されることは既に判例でも明示されているのであるから、これまた異論のないところである。したがつて、本件不動産の差押債権者である被控訴人火石が同条の第三者に該当することは明らかである。
ところで物権公示の原則は、第三者が物権変動の事実について善意であると悪意であるとを問わず、登記という外形によつて画一的に規律することをもつてよく目的を達することができるところから、不動産の取得は登記なくしては悪意の第三者にも対抗できないとされている。しかしながら、例外的に不動産登記法第四条、第五条に規定するような場合は勿論、これと同視し得べき特殊の場合には登記なくして対抗し得ることが考えられる。すなわち、不動産物権の変動を知つていただけでなく、公序良俗に反する方法で登記そのものを妨げたとか、または自らその不動産物権の変動に関与して利益を得ているとかの事情があつて、その欠缺を主張することがはげしく信義に反する場合がそれである。
そこで本件につきこれをみるに、前示甲第一号証、成立に争のない甲第一二号証、乙第三号証と原審証人小笠原道夫、原審および当審証人苅間沢徳次郎、大畑治一、横葉惣一郎(当審は第一、二回)の各証言、原審および当審における控訴人本人尋問の結果、原審および当審における被控訴人火石三治、当審における被控訴人苅間沢市松ら各本人尋問の結果の一部に弁論の全趣旨をあわせ考えると、被控訴人市松は昭和三〇年ごろ転居先の九戸郡九戸村から荷軽部落に帰来したが、借財整理や生活費に当てるため控訴人らに対し金銭の要求をなし、かつ本件不動産は前示認定のように昭和一二年ごろ控訴人に一旦贈与したのにかかわらずその所有権の移転登記がなされていなかつたので控訴人や弟徳次郎と被控訴人市松との間に紛争が生じたので、昭和三〇年一二月一三日ごろ親類や部落の有力者が控訴人方に集り訴外小笠原道夫が仲裁役となり、被控訴人火石ら八名が立会人となつて示談解決に努めた結果、本件不動産に関してはその所有権が控訴人に帰属していることを確認し、被控訴人市松はすみやかに控訴人名義に所有権移転登記をする旨の和解が成立し、その際和解条項と題する書面(甲第一号証)を作成したのであつたが、被控訴人火石はこれに立会人として他の関係人とともに署名捺印していること。被控訴人のなした本件不動産に対する差押債権は、かつて被控訴人火石市松ら数名の共有であつた九戸郡九戸村大字山根第一地割所在の山林中被控訴人市松の持分は前示移住に際し二男の苅間沢徳次郎に譲渡し既に所有権移転登記を経由されたのに、昭和三四、三五年ごろ右山林の立木の売却代金を共有持分を失つた被控訴人市松に配分したため、右共有物の管理者である被控訴人火石が右市松に対しその受領した配分額を不当利得として返還を請求した債務名義によるものであつたことが各認められる。以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実から考察すると、被控訴人火石は本件不動産が控訴人の所有に属することを了知していたことがうかがわれるのであるから、いわゆる「悪意の第三者」に該当することは否定し難いけれども、本件不動産の移転登記手続の履行は控訴人と被控訴人市松との間の問題であり、これに対して被控訴人火石がその履行について積極的に協力するとか違約のないよう監視すべき義務を負担したことは勿論、被控訴人火石が右和解に関与したことによつて何らかの利得をしている事実も認められない。のみならず弁論の全趣旨から明らかなように前示紛争は和解によつて一旦は解決をみたもののその后当事者間においては、本件不動産の所有権帰属や登記に関して再び意見の対立をきたし、相当の長期間経過した今日においてもなお登記手続が経由されていないのであるから、これらの事情をも考慮すると被控訴人火石が第三者として控訴人の本件不動産取得につき登記の欠缺を主張することをもつてはなはだしく信義に反する場合に該当するということはできないものというべきである。したがつて、被控訴人らのこの点に関する主張は理由がある。
四、以上の次第で、控訴人は被控訴人火石に対し本件不動産の所有権取得をもつて対抗することができないものであるから、被控訴人市松において控訴人の異議を正当として認めない本件ではその余の点につき判断を加えるまでもなく控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであり、これと同趣旨に帰着する原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。